赤頭巾ちゃん気をつけて

大学教員たちが一斉に書類を書かされるこの時期になると、綿密な作業に不向きなぼくは、つい逃避の読書にそれてしまう。刈部直『丸山眞男』の、終章だけはよく読み返す。庄司薫丸山眞男の弟子スジであったことを後年知って、ああそうかと思ったからであった。『赤頭巾』の最後に登場する、「たとえば知性というものは、すごく自由でしなやかで、・・・・でも結局はなにか大きな大きなやさしさみたいなもの・・・・強さみたいなものを目指していく・・・」を体現している大山教授とは、彼が政治学をならった丸山眞男教授であった。丸山が、大学紛争のころ、左右から攻撃され、ときに学生たちにつるしあげられた、という背景を考え合わせると、庄司薫が恩師を援護してイデオロギーの暴力を批判するのは味わい深い。ちなみに三島由紀夫事件も、あさま山荘もそのあとである。

ぼくは中学生であった。『赤頭巾』はけっこう面白かった。13歳にとっては、18歳は大人の世界であった。ついでにいうとこの前後、故郷の県立図書館で、霊感にひかれ丸山の『日本の思想』を書架にみつけ、論の熱気にのまれ、ほぼ理解できたはずもないのに、最後まで読んでしまった。ところが『日本の思想』と『赤頭巾』との関連など、考えもつかない。まあ関心も薄かったし。それが歳をとってやっと知ったというわけである。

近代というのはいちど過去を清算して構築したことになっている。つまり自然(じねん)でなく、作為による。近代批判はそれを再批判する。ただ世界は作為によって成り立つという考え方も普遍性があって、西洋建築史のなかにはそんな議論もある。この件はほとんど議論されていないので、やがてぼくがまとめるであろう。

『赤頭巾』のもうひとつの楽しみ方は、これが60年代ラディカリズム「以前」の感性によって書かれているということであろう。古いといえば、たいへん古い。批判されたひとつの背景である。ところが、建築界では、ポスト・ラディカリズムが語られることはあったが、じつは最近まではこのラディカリズム支配は続いていた。最近、それが決定的に終わりつつあるという印象をもつ。であるなら歴史観そのものはもっと解放されていい。それがたとえば問題コンペを思想として語るという依頼をうけたぼくが、発展させてもいいと思う方向である。