ディオゴ・セイシャス・ロペス『メランコリーと建築』を読んだ感想

監修の片桐悠自さんから『メランコリーと建築』を送っていただきました(訳は服部さおりさん、佐伯達也さん)。ありがとうございます。
 ポルトガルの建築家であったディオゴ・セイシャス・ロペス(1972-2016)によるアルド・ロッシ論である。
 すでに20世紀の思い出というべきか。アルド・ロッシは故磯崎新さんと同年生まれである。ぼくからはふたまわり年上だが、同時代人であったといえなくもない。福岡のイル・パラッツォではささやかなパーティを開催したこともあった。
 本書はよく文献にあたっていて、かならずしも主観的、個人的な論考ではなく、20世紀西洋における研究史をよく点検したうえで、それとの整合性、そこからの距離と個性化を的確に計った充実した叙述である。著者はすでに故人なのだが、20世紀の巨匠を追跡するそのスタディが、その巨匠よりもうまく20世紀を語っているようにも思える。ロッシをよりよく理解するというよりも、ロッシのなにに注目し、20世紀の概念遺産のなかからなにを選んで枠組みを構築したか。そのロペスの研究と思索そのものを追体験することが、まさにぼくにとって20世紀の追憶であり、追体験となりうるのである。
(1)「メランコリー」について
 まず「メランコリー」ときいてウィットカウアの『数奇な芸術家たち―土星のもとに生まれて』原著1963、邦訳1969)をただちに思い出さない研究者はかなりモグリであろう。70年代末に建築史を志したぼくにとり、必読のアイテムであった。あまりに昔すぎて記憶も定かではないくらいである。もちろんパノフスキーはかなりはやく共著『デューラーメランコリアI 起源と類型の一史的考察』(1923)を、やがて『土星とメランコリー』(原著1964、邦訳1991)を出していた。パノフスキーかウィットカウアかどちらが主導的であったかは別として、20世紀美術史のKWがこのように制作されていたわけだ。
 ちなみにバロックマニエリスムなど19世紀美術史学を継承しているかのような概念ツールもまた、今日からみれば20世紀のもののように思える。
 それらを俯瞰して、20世紀が用意した概念ツールのセットなどというものを想像してみる。バロックマニエリスム新古典主義はいちおう様式概念であろう。もっとも「マニエリスム」については疑わしい。ペヴスナーでさえ、それは様式というより時代の気分のようなものと説明している。だから「メランコリー」もいちおう、様式ではなく、思想でもなく、むしろ時代の気分のようなものだとも想像できる。ぼくはむしろ積極的に、芸術家・建築家の心理、精神状態であろうと思う。ややこしいことだが、では厳密に、心、魂、精神・・・などのいずれの状態を示していると仮定できるのだろうか。ここで「心理」といったのは、今日の心理学が確立されたもの20世紀にはいってからだからである。
 これはたんに用語の問題なのではない。まさに20世紀の歴史観の問題なのである。
 経緯を推測するために補助線を引いておこう。前述のパノフスキーは同時期に『イデア』 (原著1924;邦訳1982, 2004)を書き、「イデア」の人間化を指摘していた。つまりプラトンにおいては天上にあったイデアは、古代末、中世、ルネサンス、近代になるにしたがって地上に降りてきて、天才芸術家に宿るものとなった。私見によればパノフスキーの立論は、近代の厳しい主客二元論と、カントが主観を支配者とする美学を確立したことに、正確に対応している。
 それはともかくロペスは、メランコリーという「この気質を正当化する根拠がついに神々や星から切り離されたとき、それは人間の意識のうちに場所を得た」(p.21)と述べるとき、パノフスキーイデア論のために使った構図をまったく正確に借用しているのである。イデアとまったく同じくメランコリーも人間化したのであった。
 ただそれをもって、ぼくは、ロペスがやはりワールブルク学派の系統かなどと党派性をいいたいのではない。それが20世紀における概念ツールを制作するためのメカニズムであったのであろう、ということだ。

(2)我田引水、拙著『建築の聖なるもの』などと比べてみる
 『メランコリーと建築』は一種の精神史である。だからロペスには共感をいだくし、ぼくと同じ系統の研究者であるような印象をもつ。
 ところで一般的に精神史は、その精神を代表させる概念なりKWがないとどうも描けない。すると中心となる言葉がないと叙述できない。すると書きようによっては言葉を主人公とする物語となる。
 エゴサーチにおける近親性相関図のように、主人公あるいは「わたし」がかわると、組立てはがらりと変わる。こうしたKWは取り扱い厳重注意である。ときに書き手もだまされることもある。しかし通史をいっきに書き換えるパワーもある。
 そして書くことの戦略性からいって「メランコリー」のインパクトはどう評価できるのだろう。たとえば心理学の近代性をいったのだが、20世紀人の全体的な精神の基調がまさにメランコリーであったなどという心理学の通説でもあれば、かなり普遍的な論が構築できそうだ。社会学、全般的な文化論、批評、文芸などとの相関性もどの程度だろうか。つまり再解釈された「メランコリー」そのものの現代性、歴史性、20世紀性である。ぼくはそういう専門家ではないが、まあそこそこであろうという見立てである。監訳者たちがこの翻訳をより生かそうとおもえば、そういう方面でリサーチもすべきであろう(すでにしているかもしれない)。
 そこで我田引水だが「聖なるもの」は、19世紀末から20世紀初頭にかけて現代的な新しい意味合いをもって再登場した、宗教学、哲学、思想、社会学など諸分野を横断するきわめてトランスディシプリナリーな概念であることは、その出自から保証されている。だから建築の課題として引き受けることで、諸分野に開かれた研究としうるのである。これはたんに研究評価やましてや文献の売れ行きのことではない。建築をとおして時代をどう背負ってみてみるかという志のそれである。ぼくが構想した研究の戦略性なのであった。
 脱線するとガルジャーニ『レム・コールハースOMA 驚異の構築』もまた、「驚異」という伝統的な概念をリユースして建築家を論じ直した好例であるといえよう。
 俯瞰すれば、20世紀が提示したさまざまな概念どうしは、まだまだ多くの組合せができそうである。そのなかからまったく新しいビジョンも描けよう。いわば20世紀精神史の可能性といったところだが、内向的にならないように配慮しさえすれば、多産な方法論となるであろう。建築の評論や批評に関心をもたれてるむきには、ぜひ一考してほしいアプローチである。

(3)アンソニー・ヴィドラーとの比較
 ところで、じつは一読したときの感想は、アンソニー・ヴィドラーの研究に似ているなあ、であった。ヴィドラーはフロイト精神分析を応用して、とくに「不気味なもの」の概念などを使い、現代の建築や都市を神経症のあらわれとして描いた。碩学の悪口をいうのではないが、ヴィドラーの叙述に説得力があるのはやはりフロイト精神分析論の基本的なストラクチュアがよくできているからであろう。またフロイトは多様に利用できるよう、さまざまな膨大な論を残しているので、引用しがいがあるのである。
 ところで本書第一章「メランコリーと建築」はそのような理論的基礎について述べている。そこではまさにフロイト「喪とメランコリー」(p.67-)を引用している。「メランコリーは、何かしらが失われたという認識から生じる」(p.68)とすることで、ロッシの核心的スケッチ《これはずっと昔のこと/今となっては失われた》(1975)を意味づける。的確である。たしかに説明として成功している。ただぼくには、なにかものたりない。
 というのはロペスは、さらにメランコリー概念をもって18世紀のブレ、19世紀のボードレール、20世紀のベンヤミン、ゼードルマイヤ、タフーリを縦断してゆく。それを読めば読むほど、しかし、凡庸な近代批判のようになってゆく。喪失の意識。たしかに近代は、歴史性も町並みも伝統も失ったのだけれど、それがなにか?
 喪失の事実はたいがいの人は知っている。しかし喪失の意識とすれば、その意識の所有者に尋ねなければわからいであろう。うまくいえないので違う説明をしてみる。
 脱線すると、20世紀の観念論は、研究枠組みであると同時に、研究対象もまた立ち上げた。研究とは研究「対象」を計ることだが、そのためには「ものさし」がいる。ところで「メランコリー」はそういう「対象」なのだろうか?「ものさし」なのだろうか?どっちなのだろう?結論さきどりすると、その対象とものさしの複合体をじつに曖昧な説明で同時に立ち上げているのである。その最初の研究者はじゅうぶん自覚的であっただろう。しかし追随し再生産する研究者は、自分が使おうとする概念が対象なのか計測器なのかの区別をすることをしばしば忘れてしまう。そこに混乱と、論理の堂々巡りの危険が潜在している。そうして漠然と20世紀=メランコリーという等式だけが残るであろう。

(4)フィリップ・アリエスらの死の文化論との比較
 ハンス・ホラインも死の建築に言及している。死への関心は世代的なものなんだろうか。ロペスが何カ所かで引用しているフィリップ・アリエスの死の文化論は、第三章「サン・カタルドの墓地」のための基礎であろう。
 アリエスの文献はぼくもよく読んだし、引用もしたが、ロペスにとっても不可欠のもののようだ。フランスことにパリの、19世紀初頭の都市内埋葬の禁止、墓地の郊外化(p.191のペールラシェーズ墓地)、(ローマなどの都市は)生者の都市であるとともに死者の都市でもあるといった観点(p.196, そんなことはマンフォードもクラウトハイマーもいっているわりと常套なのだが)を導きの糸として、ブレの墓地計画、カウフマンの理論、そしてサン・カタルドらを論じている。ここでも概念道具と、それにより串刺しにされる諸例が、どうも機械的に並べられているようである。もちろん充実した的確な叙述なのだが、魅力に欠ける。(p.146にフェリペ・アリエスとあるのは校正もれだと思うが)

(5)断片について
 結局、ロペスをとおして再読したアルド・ロッシのなかで、ぼくに刺さってくるのは「断片」という概念である(p.149, 164, 179など)。前述のスケッチ《・・・失われた》に描かれた、廃墟、コップ、スプーン、フォーク、瓶、水差し、煙突、納骨堂・・・・の無秩序な併存。絵画として見れば、伝統的な静物画でもなく、近代的なレイヤー構造でもなく、徹底的に関連性を剥ぎとった描写である。そういうヴィジョンが、ある時代の潮流の影響を受けているとか、近代性への批判であるとか、これこれの思想の系譜に属しているとか、そういう説明は個人的には興ざめである。古代ローマを断片化した遺跡の無秩序なコラージュとしてしか描けなかったピラネージからの影響とするのもどうか。ピラネージはそういう永遠の相ですでにローマを描いていたのだろう。ロッシもまたそういうふうにしか世界が見えなかったのであろう。そういう事実性からスタートすべきであろう。
 ロペスはカトルメール・ド・カンシーを引用して類型(タイプ)の観点からロッシを論じる(p.190)。古代の博物誌にあったかどうかはしらないが、近代における博物学的収集は、類型というある観念的な指標からそれら断片を集める。類型化するから断片となってしまう。ミュジアムに展示された文化財は、パサージュのショウウインドウに並べられた品々は、すぐれて断片である。それは考古学でもある。ではなにでないか。たとえば近代都市計画が模索した有機体的な全体としての都市である。ロッシの着眼点(思想というよりそのようにしか世界がみえないというまさにヴィジョン)はまさに有機体的なものの逆である。そこには生は宿らない。だから死なのである。
 ぼくにとりロッシはたんに偉大な建築家であった。ということで研究しようとは思わなかった。しかし意外な接点があった。ぼくも無意識にロッシと対話していたようだ。それは拙著『空想の建築史』の冒頭で述べた「コルプス」(建築がもっている全体性)である。上の世代がもっていた断片だのメランコリーだのといった概念にたいし、建築はやはりコルプスではないかと反抗していたようだ。しかも全体主義を連想させず、有機体といった賞味期限を過ぎた概念にも言及はするが依拠しないで。
 
 というわけで建築家のモノグラフであるにとどまらない普遍的な論点をこの文献は提供している。監訳者のみなさんご苦労様でした。おもしろかった。