Agrandir Paris 1860-1970, 2012 『パリを拡大する』

日曜日なので朝は散歩した。広い公園はジョガーでいっぱいであった。パリの人々がかくもジョギング好きなのは驚きであった。午後、斜め読みの読書をする。最後の一秒まで観光し尽くすなどという根性はもうない。

『パリを拡大する』という文献がパリ大学とパリ市の共催のようなかたちで出版されていて、迷わず買った。監著者はふたりおり、フロランス・ブリヨンは第二帝政時代の都市計画の専門家、アニー・フルコーは現代史の専門家で、現在は戦後のヨーロッパ横断的な社会住宅の歴史に取り組んでいるっとあるが、いわゆるパリの郊外問題の専門書を何冊か出版しており、きわめて発言力のつよい人である。

パリ市が関わっていることからわかるように、いわゆる「グラン・パリ」計画、すなわちパリ大都市圏(首都圏)をこれからどう整備してゆくかという世紀的課題が背景にある。それを考察するために、1860年、すなわちナポレオン三世下でパリが周辺市町村を併合して、12区制から20区制に移行した時期を出発点として、各段階、現在そして将来をも論じようというものである。

多くの専門家が参加して執筆してるたいへんアカデミックな論文集であり、一読すればかなりの知見を得られるであろう。安全保障の課題(市壁)、周辺市町村併合、郊外の発生、地下鉄網をどこまでのばすかの課題、20世紀初頭の都市圏拡大委員会のこと、20世紀初頭の社会的住宅と戦後の団地という課題、戦後の都市計画を指揮したドルヴリエ大臣の政策、近年の戸建て住宅による都市化、などがベルリン、マドリッド、ロンドンなどとの比較の上で論じられ、「グランパリ」を構想するための基盤が提供されている。

ハーベイ『パリ モダニティの首都』などを読むと、伝統的な都市が、本格的に資本制によって回転するようになった第二帝政時代がいかに危機をはらんだものであったかがわかる。ハーヴェイ自身は20世紀初頭で物語を完結させたのであるが、しかし都市そのものは資本の循環と拡大という新しいパラダイムによって動かされつづけた。物語は終わりではなく、むしろこれからなのだ。『パリを拡大する』はその終わりのない続編なのであろう。

都市は自然発生物ではなく、きわめて人工的なものなのだが、その人工的なもののきわめて複雑な堆積物であるがゆえに俯瞰すると自然的に見えるというきわめて特殊なものではないかと思う。しかし本書をみると、堆積の層をひとつひとつ区別してゆくことで、ひとつの都市の多層構造がみえてくる。そして自然的にみえても本来は人工的であるように、都市史とは都市計画史あるいは都市構築史なのであろう。あるいは「計画」という言葉はあまりに20世紀固有的なのでもうすこしフレームをひろげて「都市経営史」などとよんでもいいかもしれない。

「拡大」というコンセプトで、1860年代から将来までを読んでゆく。こういう言い方もできるであろう。歴史を現代的関心で読んでいくとどうじに、現代を歴史的な目で分析する。俯瞰的という表現があるが、俯瞰的というのはひとつの見方ではけっしてなく。どう俯瞰するかということがつぎの選択として重要なのであろう。

若い頃ラヴダン『パリ都市計画の歴史』を読んで、そういう俯瞰性を学ぼうと思ったものであったが、これから都市や建築の歴史を勉強しようという人は、この『パリを拡大する』というような文献を出発点としてはいかがであろうか。ぼく自身も本書を読めば勉強になるであろうが、なまじっか年をとったのでなんとなく読まなくても読めてしまう部分もあって、最近は学術書も「読み物」として読んでしまう不埒な心性ができつつあって、困ったものである。