近代建築が地域の誇りとなるには ----都城市民会館と大牟田市庁舎(地元紙記事)

 大牟田市都城市は近代建築の取り壊しをめぐってゆれている。両市の人口を足すと、フランスのナント市ほどになる。ナントは基幹産業が空洞化した斜陽化のなかで、建築遺産の再活用と企業誘致などの努力により、経済をV字回復させた模範都市とされている。仕様の古い近代建築の維持には予算がかかる。しかし技術の発展、運営の方針、工夫によりコスト削減か黒字化もできたという例もある。

 文化財の基本的な考え方は、日本と西洋ではおおきく異なる。日本では建物の減価償却を五〇年に設定する方式が文化財制度のなかにもすりこまれている。だから登録文化財は築五〇年をすぎてからである。この構図は、いわゆる前衛的なものはだめで、長い時間をかけて認められたものだけが価値があるという考え方につながる。ところがこの歴史の淘汰のなかに経済の論理や文化への無理解もはいってくる。それらを認めていいはずがない。しかし日本的発想では、文化はいちど忘れられ、しかるのちに再発見されねばならないようなメカニズムになっている。

 だから文化財の課題が、あたかも外圧であるかのごとく自治体にのしかかってしまう。自治体はあるとき、外部から指摘され、驚き、動転する。しかし特定の立場や組織に問題があるのではない。文化財の定義そのものに問題がある。

 フランスなどでは文化財的価値は新築直後でも認められる。なぜなら文化大臣であったアンドレ・マルローの思想にあるように、歴史の最先端が現代である。現代は歴史のなかに含まれ、歴史からは区別されない。そこに切断はない。さらに人間の創造性が全般的に信頼される。人間が英知と才能と苦心を傾注してとりくんだものには、すべて敬意をはらうという思想である。

 新築物件が建設時から潜在的であっても文化財でありうるなら、自治体は継続的に建物を尊重しつづけるから、取り壊し危機は訪れないであろう。あらたに施設を建設するときでも、旧と新で一体となるようなシステムも考えるであろう。このような価値を継続的に見つめつづけるのはその自治体でしかありえない。近代建築の価値を守ろうとするドコモモのような国際組織は、自治体を支援はできても、責任は負えない。 

 たほう民意、民度なるものが保存派からも解体派からも聞こえてくる。そもそも文化財トップダウンの制度である。現状では民意がもてあそばれている印象である。根拠にしたり未熟といいたてたり、恣意的な活用がめだつ。もし取り壊しに責任というものがあれば、自治体は民意にそれを分担させるのだろうか。

 地域に生きる市民が、その地域に誇りをもてるにはどうすればよいだろう。その地域の地下や地上にそれまでそそがれたすべての財と、すべての工夫と、すべての努力を肯定することである。それはいちど忘却して再開するのではなく、人の営みがなされるときにされるべきである。新築と保存をひとつながりの文化事業として考える。そのための哲学、制度、ノウハウはこれからであるにしても、そこに継続するよき志があることが、地域の誇りの源である。